ブランドストーリー/前篇

biz+uはどうしてできたのか、どうやって育ってきたのか。私(横山 加代子)がバッグを欲しくなってから、これまでに何があったのかをまとめています。私と同じ想いを持つ方の参考になりましたら幸いです。

横山 加代子のプロフィールはこちら
後篇のストーリーはこちら


2013年夏/変わらない日常

毎日の仕事で肩こり、腰痛に

ITコンサルタントの仕事をしている私は、お客さまのところへ向かうのが日常でした。愛用しているトートバッグは、ノートパソコンや書類でパンパン。肩にかけても食い込むし、手に持てば豆ができるくらい重い。肩こりや腰痛に悩まされ、マッサージにも通っていました。

当時使っていたトートバッグたち

その頃、同じ腰痛に悩む後輩君は、かっこいいリュックをゲットしていましたが、当時の機能的なリュックは男性向けばかり。女性向けは、女の子っぽいor小ぶりなものばかりで私の仕事には不向きでした。

「誰か私の鞄を作ってくれないかな……」
そんな独り言をつぶやくだけの私でした。


2015年春/きっかけ

兄から言われた痛烈な言葉

私の兄が経営している、中目黒のブリティッシュパブのカウンターで独り言のように「ビジネスリュック作りたいんだよね」と繰り返していたときでした。

「おまえさ、なんだかんだできない言い訳ばっか言ってるよな。たぶん一生やらないよ」

バッグづくりの経験がない、仕事も育児もある。本当にできない理由がいっぱいあるのに!と腹を立てたのですが……冷静に考えてみると、確かに言われた通り。

何から始めればいいか分からなかったけど、自分に何ができるのか分からないけど、とにかく「自分が欲しいビジネスリュック」を作るために行動することにしました。

兄が経営しているブリティッシュパブ

2015年夏/始動

初めての企画書づくり

いざ決心し始めてみたものの、本当に何をやればいいか分からない。そんなとき父の紹介で、アパレルブランドの運用経験がある方が企画書をみてくれる、ということに。

そして始まった企画書づくり。ネットで調べながら見様見真似で書いてみました。何を書けばいいかも分からなかったし、知らない用語もたくさんでてきたけど、スケッチを描いているときはすごく楽しくて、作りたい気持ちがだんだん強くなってきました。

企画書を書く中で、友人や家族に「どんなリュックがいいと思う?」と聞いてみたことがありました。だけど、みんな自分の都合で好き放題でちょっぴり腹が立ちました。

だけどよくよく考えてみると、私が作りたいリュックは、私が欲しいリュック。そのことを再認識して、企画は私が一人でやっていくことを決心しました。

当時の企画書でかいたスケッチ

2015年11 月/鞄工房へ

企画書を持っていざ訪問

企画書もいよいよ完成。私のほしいリュックが明確になったところで、実際に作ってもらえそうなところをインターネット探しました。

そして2015年11月11日。東京都墨田区、スカイツリーが見える下町の工房のドアをドキドキしながら開けました。迎えてくれた社長は60代で優しそうな雰囲気の方。もう一人は作業中のエプロン姿でいかにも職人さん風の笑顔がやさしいお兄さんです。

緊張から少し過呼吸になりながらも、企画書を見せ、私がほしかったバッグ、これまでのこと、一つずつすべてを伝えました。気がつけば、あっというまの2時間。本当に一瞬の出来事のようでした。

私が初めて書いた企画書については、「仕様がもりもりすぎるので優先順位をつけること」、「デザインの詳細がわかるようにイラストや参考画像、言葉で補うこと」などたくさんご指摘をいただきました。だけど「企画書を再提出してくれれば協力しますよ」と心強い言葉もいただけました。

宿題はたくさん出されたけど、帰りがけにスカイツリーを見上げながらすごい達成感を感じていました。


2016年1月/複業の試練

本当に続けられるのか……

工房には初回訪問から何度か足を運び、デザイン画ができあがり、ダミーのカバンを作り、設計図面も完成し、もう早く実物を手にしたくてたまらない気持ちになっていた頃……

実はこの1年間、私が自由に動けていたのは、2014年12月に長女を出産しその育休期間だったから。その期間が終わり、2016年1月に復職しました。

1月末に最終仕様の打ち合わせがあり、その宿題もなかなか回答できず1カ月も間を開けてしまうことも。仕事と育児と家事、この3つだけでも大変なのに、ここに不慣れな鞄作りが重なり、果たしてこのまま進められるのかと不安な気持ちにいつも襲われていました……